転入

「ここがあなたたちの教室。クラスは2年1組よ」

T中学の保健体育教師、藤沢先生が説明してくれる。今僕はもう1人の転入生と一緒に、これから通うことになる学校を案内されている。案内してくれているのは、担任の西川先生と保健体育の藤沢先生だ。

両親も一緒に学校案内を受けることはできるんだけど、それどころじゃないらしい。先生の言うことをちゃんときくように釘を刺してから、母親は帰っていった。もう1人の子も同じく親は一緒じゃなかった。

あなたたちの教室という言葉から、その子と僕が同じクラスになることがわかる。僕は心の中でガッツポーズをした。一緒に居るもう1人の転入生は、なんとあの南綾乃だった。

彼女がこの学校に転入した理由は知らない。けれど、理由はどうあれこんな可愛い子と同じクラスになって喜ばないわけがない。転校する時に引っ掛かっていたモヤモヤも晴れた。僕は思いもかけない偶然に、神様感謝しますと心の中でつぶやいた。

真新しいT中学の制服は、1年前S大学付属第二中学に入学した時のことを思い出させた。なんだかもう一度新入生になったような、変な気分だった。

伝統ある名門校だからなのか、制服は昔風の詰襟の学生服だった。いわゆる学ランというやつだ。女子の制服もこれまた紺のセーラー服だった。襟と袖口に2本の白いラインが入っており、胸元には赤いスカーフが見える。今までの制服と似てるなと僕は思った。付属第二中学も伝統のある学校だし、そういうところは似ているのかもしれない。

「これがクラス名簿よ」

そう言って藤沢先生は、掲示板に貼られた紙を指した。小さな字がびっしりと書き込まれた表があり、先生が指している場所に「2年1組」の文字があった。出席番号、名前、フリガナ、性別が書かれた名簿の一番下に北野直樹と南綾乃という2人の転入生の名前があった。

「2人とも早生まれだったね」

西川先生が言った。名前を見る限り五十音順ではない。どうやら出席番号は、生年月日順で決まっているようだった。

「あの・・・」

南さんが口を開いた。

「なに?」

「女子は、私だけなんですか?」

よく見ると、確かにそうだった。性別の欄に女と書かれているのは南さんだけだった。クラスの人数は全部で20人。男女比19対1だ。

「そうね。今年男女共学になったばかりだから、特に上の学年は女子が少ないのよ」

「はい・・・」

クラスで女子が自分だけという状況に不安を感じたのか、彼女の声は少しトーンダウンしていた。

「困ったことがあれば、何でも先生に相談してくれていいからな」

担任の西川先生が言った。藤沢先生に比べてまだ若い西川先生は、先生と言うよりもいいお兄さんという感じで、親しみやすい雰囲気があった。

「はい」

幾分、彼女の声に元気が戻った。

その場を離れた僕たちは、図書室、音楽室、視聴覚室と順番に案内されていった。名門と言われるだけあって、校舎の中は歴史と威厳を感じさせるものがあった。僕はほとんど質問しなかったけど、南さんは割と頻繁に質問していた。そして藤沢先生が事務的な返答をした後に西川先生が優しくフォローするという展開が繰り返された。

会ってから少ししか経っていないにもかかわらず、南さんと西川先生の関係は目に見えて良くなっていった。そのうち何だか藤沢先生が不機嫌になっている気がして、何となく僕は気まずくなった。

ぐるりと校舎を回って最後に保健室を案内された後、職員室へと戻る。その途中、女の先生と会った。

「あら、転入生かしら」

「そうよ。今度の新学期から2年1組に」

「私は校医の矢野冴子。怪我や病気の時は保健室に来てね」

年は藤沢先生と同じくらいだと思う。2人の仲がいいのは、何となく雰囲気でわかった。僕たちはペコリとお辞儀をした。

「矢野先生は厳しいから、ちゃんという事を聞かないと怖いぞぉ」

西川先生が冗談めかして言った。南さんが微笑む。西川先生が南さんに対して話しているのは明らかだった。横に居た藤沢先生の表情が硬くなったことに僕は気付かなかった。

「あら、怖いなんて心外ね。医者の言う事は聞いておいた方が身のためよ」

そう言った矢野先生に愛想笑いを返した西川先生だったけど、どうにもぎこちない感じがしたのは気のせいだろうか。まあ、正直僕にとって先生方の内輪の話はどうでも良かった。とりあえずは、この微妙な空気を早いところ何とかしてほしかった。

「あら、ごめんなさい。引き止めちゃったわね」

藤沢先生は、そう言って歩き出した。僕たちは矢野先生に会釈してから、連れ立って職員室に戻った。

「学校案内はとりあえず終わりだけど、何か質問はある?」

職員室の隅にあるソファに4人が腰をおろした後、藤沢先生が言った。

「あの、明日は何時に登校すればいいですか?」

「8時半にホームルームが始まるから、それまでに2年1組の教室に居ればいいぞ」

担任の西川先生が答える。

「何か持っていくものはありますか?」

僕が一言も喋らないうちに、南さんは次々と質問してゆく。僕なんかと違って真面目なんだろう。学校の成績には僕も自信があったけど、こういう真面目さは到底彼女には及ばないなと思った。

「明日は授業は無いから、筆記用具だけでいいかな」

「先生、2年1組は最初のスポーツテストがありますよ」

藤沢先生が口を挟んだ。

「あ、そうでしたね」

明日何があるのかさえちゃんと説明できない担任の教師に、僕は少しあきれてしまった。親しみやすそうなのは西川先生だったけど、しっかりしてるのは藤沢先生だなと思った。

「体操服と筆記用具を持っていけばいいですか?」

それにしても、始業早々にスポーツテストなんて大丈夫だろうかと僕は思った。こんなことなら春休み中にもう少し運動しておくんだった。

「明日、いきなりスポーツテストですか?」

南さんの質問に先生が答える前に、僕は質問を被せた。持久走なんてやらされたらたまったもんじゃない。明日具体的に何をするのかが知りたくなって僕は質問した。

「心配しなくても大丈夫よ。明日全部の種目をやるわけじゃないから」

「そうなんですか?」

「いきなり激しい運動をして怪我でもしたら困るでしょ?」

「はあ」

僕は気の抜けた返事をした。我ながら南さんとは大違いだなと思った。とりあえず、僕の心配は杞憂に終わりそうなので、ホッとした。