ラブレター1

月曜日の朝、由紀はいつもよりゆっくりとした足取りで学校への道を歩いていた。昨日の検査の後、アソコが少しヒリヒリする。それが気になって、いつもより歩くスピードが遅くなっていた。

検査の途中で気を失った由紀は、その後に身体を弄ばれた事など知る由もない。もしかしたら、意識が無い間に何かされたのではないかという思いはあったが、それほど強い疑念を抱いているわけではなかった。

気が付いた時、由紀はきちんと検査着を着せられ、地下ではなく2階にある部屋のベッドに寝かされていた。それが玲子の計算であることなど知らない由紀は、あれは実は正当な検査だったのではないかという思いを微かにではあったが持ち始めていた。丁寧に検査着を着させてもらい、ベッドに寝かされている。そういうちゃんとした扱いを受けているということは、検査に対する疑いは、もしかすると自分の思い過ごしなのではないかと───

程なくして学校に着いた。寮から学校までは、歩いて10分程度だ。そのため、由紀は登校時間を少し前にずらして、ピーク時間より早く登校していた。まだ生徒達はまばらにしか見えない。校門から入って正面にある生徒用の玄関をくぐると、生徒会のメンバが朝の挨拶運動をしている。おはようございます、と挨拶を返して自分の靴箱に向かった。

由紀は、学校指定のローファーを脱いで手に持つと、もう一方の手で靴箱を開けた。そこまでは、いつもと同じだった。

由紀が開けた靴箱の中には、いつも履いている上履きがあった。だが、上履き用と下履き用の2段に分かれた靴箱の中には、見慣れない封筒が入っていた。封筒は白い洋型で、口の部分はシールで留められていた。取り出してみると、表に後藤由紀様と書かれている。入れ間違いというわけではなさそうだった。

(これって、もしかして・・・?)

由紀は、十分に美少女と呼んでいい容姿を持っていたが、引っ込み思案な性格もあって、今まで男子と付き合うどころか、男子の友達も皆無と言って良かった。もちろん恋愛経験など無い。だが、靴箱の中に白い洋型の封筒があるとなれば、思い浮かべる事はひとつである。

微かな期待を抱きながら周囲を確認する。玄関のガラス扉を通して、クラスメートが登校して来るのが見えた。由紀は封筒をカバンの中にしまうと、上履きを履くやいなや、急いで教室に向かった。

由紀は教室に向かう途中でトイレに駆け込むと、個室に鍵を掛けて封筒を取り出す。封筒が傷まないように丁寧にシールを剥がし中身を取り出すと、封筒と同じ白い紙が折りたたまれている。と、折りたたまれた紙の間から、ハラリと何かが落ちた。

パサッと音を立てて由紀の足の甲に落ちたそれは、少し厚い紙のようだった。由紀は、紙がトイレの床に落ちないように気を遣いながら、丁寧にそれを拾い上げる。そして何が書かれているのか確認しようと、裏返した。

由紀は、我が目を疑った。一瞬、時間が止まったような感覚を感じた後、改めてそこに写っているものを確認する。信じたく無かった。だが、何度確認しても同じだった。これは写真。そしてその写真には見覚えがある。いや、見覚えという表現は正確ではない。だが、紛れも無く何の写真であるかはわかる。そこに写っていたのは、保健室の診察台に横たわる少女───股間に4本の体温計を挿し込まれ、膝を抱えている由紀であった。

由紀は慌てて折りたたまれた紙を開くと、そこに書かれている内容を食い入るように読んだ。

「後藤由紀様、放課後旧校舎で待ってます」

紙には、ただそれだけ書かれていた。誰からなのか、何故この写真が入っているのか、何の用なのか、由紀には全く見当がつかなかった。いや、考えたくなかったという方が正しいかもしれない。だが、この写真が入っている以上、拒否することはできない。これはラブレターなどではない。少なくともそれだけは由紀にもわかった。

しばらく時間が経った後、予鈴が鳴った。由紀はハッとして顔を上げると、封筒をカバンにしまって教室に向かった。

「由紀、おはよう」

友達の挨拶に、由紀はびっくりして振り返った。

「どうしたの?変な顔して・・・」

「あ・・・ううん、何でもない。おはよう」

由紀はそう言って笑った。

教室に入り自分の席に座る。トイレにいる間に時間が経ってしまい、いつもに比べて教室に人が多い。そうこうしているうちにホームルームが始まる。いつもと同じはずのその光景が、今日は全く違うものに見えた。

昼休み、由紀は保険医の黒木から呼び出しを受けた。無理に友達に手を振って教室を出ると、保健室に向かう。だが、由紀の頭の中は靴箱に入っていた封筒のことでいっぱいだった。保健室で検査をされている自分の写真を持っている人間。まさか黒木が封筒を靴箱に入れたのだろうか。

保健室の扉をノックすると、中から黒木の返事が聞こえた。「失礼します」と言って中に入ると、黒木が椅子を回転させて由紀の方を向いた。

「あ、後藤さん。どうぞ座って」

由紀の姿を認めると、黒木は手近にある椅子を勧める。由紀は軽く会釈をしてから、椅子に座った。

「あら?具合でも悪いの?」

由紀の様子を見て黒木が言った。黒木にも、由紀の様子がいつもと違うのはわかった。だが、由紀は由紀で、まさかと思いながらも黒木に対する疑いを拭いきれないでいた。

「い、いえ、大丈夫です」

「そう?それならいいんだけど・・・」

言いながら、黒木は昨日の検査が何か関係しているのではないかと勘ぐった。もしそうなら、検査入院の合意を得るのは難しいだろう。とはいえ、由紀を呼び出した目的は、検査入院の話をすることに他ならない。とりあえず、話をしてみることにした。

「今受けてもらってる検査の話なんだけど・・・」

「はい」と返事をした由紀の表情を注意深く観察する。特に拒否反応を示しているということはなさそうだった。

「なかなか検査が進まないから、できれば検査入院という形を取りたいのよ」

「入院・・・ですか?」

「そう。ああ、異常が見つかったわけじゃないのよ。検査が思うように進まないから、入院って形で病院に居てもらって、検査に専念ってわけじゃないけど、時間を貰いたいってことね」

「そう・・・なんですか」

由紀は、あれが本当に検査なのか黒木に尋ねてみようか迷ったが、それを口にする事はできなかった。クリトリスを弄られたなど、同性とはいえ他人に言えることではなかった。検査の是非を尋ねることはやめて、検査入院について考えてみる。入院ということは、一日中病院に居るということだ。ということは、一日中検査をされる可能性もある。昨日女医が「予定していた検査は終わらなかったけど、今日は帰りなさい」と言っていたが、「今日は」という言葉が今になって気になってきた。今日のところは帰っていいけど、終わらなかったから入院・・・女医はそう言いたかったのだろうか。

「入院は・・・いやです」

そう由紀は言った。今まで入院というものを経験したことがない不安もあったが、何より検査の内容がおかしい気がしたのだ。確かに今まで病院で行われた検査では、2度とも意識を失ってしまった。だから予定通り検査が進んでいないというのはわかる。しかし、検査の内容には、さすがに由紀も疑問を感じ始めていた。それに、靴箱に入っていた封筒のこともある。黒木に対する疑いを拭いきれない以上、了承の返事はできるはずもなかった。

「そう・・・。まだどうなるかわからないけど、何かあったらまた話をするわね。後藤さんも、聞きたいことがあったら何でも訊いてね」

「はい、わかりました」

黒木は、それ以上は何も言わなかった。保健室を出て行く由紀の後ろ姿を見ながら、大きく息を吐く。感触は良くない。由紀は入院を嫌がったが、根本的に検査内容に疑問を持ち始めていることを黒木は直感した。

(まずいわね・・・)

頬に手をあてて考えた後、黒木は携帯電話を手に取った。