もうひとりの柴田
日曜日、由紀は、大学病院とは別の場所に向かっていた。校医の黒木から検査を受ける場所が変更になったという連絡を受けたからだ。指定された場所は、柴田ストレス科学研究所というところだった。大学病院に程近い場所にあり、迷うことはなさそうだった。ただ、研究所という名前が、由紀の憂鬱な気持ちをより一層強くしていた。
前回の検査の時と同じように、大学病院前のバス停で降りる。今回は大学病院には入らずに、そのまま道なりに歩道を進む。割と大きな道路に沿って歩くので、車の往来が激しい。歩道を歩いているとはいえ、時折猛スピードで通り過ぎて行く車には、少し恐怖を感じた。
大学病院の周りにある塀に沿ってぐるりと歩いた先に、その建物はあった。クリーム色の壁からお洒落なガラスの出窓が覗いている。入り口も木の格子で飾られ、上4分の1が円形に縁取られている。狭いながらも綺麗に舗装された駐車スペースには1台の車がとまっていた。
一見すると研究所と名の付く建物とは思えない、お洒落なアパートのような外観である。だが、入り口横の表札には、柴田ストレス科学研究所と書かれていた。
想像していた建物とは随分違っていたので、由紀は少し気持ちが軽くなった気がした。検査を受けに来たということを除けば、少し入ってみたい気がする建物だった。由紀も女の子である。お洒落で可愛らしい外観の建物に少し興味を引かれていた。
少し軽くなった足取りで入り口をくぐる。飾り格子のドアを開けると、中には靴を入れる棚があり、傍にスリッパが置かれていた。横の壁に「靴を脱いでスリッパを履いてください」と書かれている。由紀は、学校指定の黒のローファーを脱ぐと、キチンと揃えて棚に入れた。用意されたスリッパから、色の違う一回り小さいサイズのものを選んで履くと、中にもう1つあるドアを開けて、受付と思われる部屋に入った。
由紀が部屋に入ると、カウンターの向こうにいる看護婦が、作業をしていた手を止めて少し驚いたような顔をした。まるで場違いな人物を見るような目で由紀を見ている。
「あ、あの・・・今日ここで精密検査を受けることになっているんですけど・・・」
看護婦の怪訝な様子を感じて、由紀の言葉もぎくしゃくしてしまう。だが、その言葉で由紀が何をしに来たのか理解したらしく、ちょっと待ってねと一声掛けてから、どこかに電話を掛け始めた。
「その先に階段がありますから、地下に降りて、突き当たりの部屋に行ってください」
電話を切ってから、看護婦は由紀に言った。由紀はこの建物の地下に部屋があることに少し驚いたが、看護婦に軽く会釈をしてから、言われた通りの場所に向かった。受付から右に折れて数メートル進んだところに階段があった。登りの階段もあるところを見ると、2階にも部屋があるのだろう。由紀はちらりと上を見たが、すぐに下りの階段に向かった。
階段を下りると短い廊下があり、突き当たりに扉があった。無機質な金属の扉で、この建物の外観のようなお洒落な感じは全くない。入り口近くに特に部屋の名前を示すものは無く、診察室なのかどうかもわからなかった。そういえば、入り口を入ってからここまで、病院によくあるポスターやパンフレットなども見ていないことに由紀は気付いた。精密検査を受けるという以上、病院に来ているつもりだったが、今は何か違和感のようなものを感じていた。
突然、ガチャリと扉が開いた。由紀が思わずビクリとする。中から出てきたのは、30代後半くらいの白衣を着た女だった。胸に柴田と書かれた名札を着けているのが見えた。
「あら、あなた後藤由紀ちゃん?来てるなら早く入って」
女は少し怒ったような口調で言った。初対面の人間にそんな風に言われて、由紀は少しいやな感じがした。柴田というのはこの研究所の名前にもあった。もしかするとこの人がここで一番偉い人なのかしらと由紀は思った。
「何してるの、早くして」
再び怒ったような口調で言われて、由紀は急いで部屋に入った。
部屋に入ると、先ほどの柴田という女の他に、前回の検査の時に居た須賀という女が居た。他にも、白衣を着て帽子とマスクで完全武装したという感じの男が2人居た。顔はわからないが、マスクに覆われていない部分の肌の感じから、年齢は20歳前後と思われた。部屋の中に若い男が居るということがわかって、由紀は少し不安になった。そして、ちらりと送った視線の先には、あの内診台と呼ばれる椅子が見えた。前回の恥ずかしい検査が脳裏をよぎる。そんな由紀の気持ちはお構いなしに、柴田という女が口を開いた。
「学校で採取してもらったサンプルから、少し気になる結果が出てるわ。今日は、前回の再検査と、気になる個所の精密な検査を行います。それから・・・」
そう言ってから、少し考える素振りを見せた後、続けて言った。
「そうね、他のことはその時になってから、また説明するわね」
由紀は、玲子の言葉に表情を曇らせた。不安そうな表情で、唯一知った顔である須賀を見る。だが、須賀はニコリと微笑んだだけで、何も言わなかった。
「あ、私は柴田玲子、よろしく。前回の検査を担当した柴田の妻って言ったら驚くかしら?私は祐一と違って厳しいから、手間を取らせないでね」
不安そうな表情を浮かべる由紀に、聞いてもいないのに玲子が追い討ちを掛けるように言った。第一声から玲子に対して良いイメージを持てなかった由紀は、玲子の自己紹介を聞いてさらに不安を大きくした。
「それじゃ、制服を脱いでパンティだけになって」
玲子が容赦の無い口調で言った。前回の検査では、柴田は少なくとも由紀に対して敬語を使っていた。だが、玲子は最初から威圧的な態度を見せ、敬語など使う様子はない。由紀は再び須賀に助けを求めるような視線を送ったが、須賀は非情にもそんな由紀の訴えを無視した。
「あ・・・あの、ここでですか?」
前回のように、仕切りか何かの向こうで着替えることを期待して、由紀は言った。だが、玲子の答えは非情だった。
「当たり前でしょう。他にどこで着替えるの?手間を取らせないでって言ったばかりでしょう。ほら、早くして」
玲子は、いかにもイライラしているという態度を見せる。玲子と由紀の関係は、医者と患者であることに違いはない。医者としての絶対的な権力を持つ玲子に、中学2年生の少女である由紀が口ごたえできるはずもない。由紀は、地下室という閉鎖された空間で、4人の男女に囲まれた中、自ら制服を脱ぐことを余儀なくされた。
せめて2人の男には、部屋を出て行って欲しかった。だが、そんな事を言える雰囲気ではない。仕方なく、なるたけ2人の男に下着や肌が見えないように、モゾモゾと制服を脱ぎ始めた。何も言わずにぽんと傍に置かれたカゴに、脱いだ制服を畳んで入れる。夏服の上下を脱ぎ、シュミーズと下着だけの格好になる。ちらりと玲子を見ると、腕組みをして由紀を見下ろすような視線を送ってくる。早くしろと言わんばかりの態度に、由紀は慌てて視線を逸らした。
由紀は2人の男に背を向けるようにしてシュミーズとブラジャーを脱ぐと、たたんだ制服の下に隠すように入れた。露になった胸を両手で隠して、上半身を少し前に折るようにして立った。4人の視線から完全に逃れることはできないが、少しでも恥ずかしい部分を隠そうと、懸命の努力を見せる。
「そこで壁の方を向いて気を付けをして」
玲子は相変わらず由紀の様子など気にもせずに言った。指示された場所には、沢山の医療機器が並べられた部屋の中で、そこだけぽっかりと開いたスペースがあった。由紀は胸を両手で覆ったまま、指示された場所に移動した。ちらりと後ろを振り返った後、少し間を置いてから両手を下ろす。
「骨格の歪みをチェックするための、特殊な写真を撮ります。結城君」
玲子に言われて、結城と呼ばれた若い男が由紀の傍に来た。由紀の視界の隅に結城が映るが、恥ずかしくて視線を向けることはできない。と、結城の指が由紀のショーツのゴムに掛かった。由紀がはっと息を飲んだ瞬間、双丘の谷間をなぞるように指が下ろされ、由紀の真っ白なお尻が剥き出しになった。
由紀は、指から逃れるように反射的に腰を突き出し、顎を引くように下を向いた。頬を真っ赤にしながら視線を動かすと、結城が剥き出しの尻を凝視しているのが見えた。
(いやっ・・・!)
「動かない!気を付け!」
玲子の厳しい声が飛んだ。由紀がビクリとして背筋を伸ばす。小学校の時にモアレ写真というのを撮ったが、あの時はショーツを半分程下ろしただけだった。それでも恥ずかしかったが、ショーツを下ろされたのは一瞬だった。だが、今は結城と呼ばれた男が傍にしゃがみ込み、由紀のショーツを押さえつけた指をお尻の割れ目の底、会陰に近い部分に密着させている。そしてその目は、剥き出しの双丘を凝視していた。
「須賀さん、普通の写真も撮って」
須賀が「はい」と返事をしたのが聞こえたすぐ後、カシャッという音がした。一瞬ひらめいたフラッシュの光で、由紀は剥き出しのお尻が写真に撮られたことを知った。
ふと気付くと、いつの間に移動したのか、もう1人の若い男が真横から由紀の胸を覗いていた。由紀はハッとした表情を見せたが、胸を隠すことはできなかった。男の方を見た後、視線を泳がせる。マスクと帽子の間から覗く男の目は、微かに笑っている気がした。
何度もひらめくフラッシュとシャッター音。由紀は猛烈な恥ずかしさの中、これから行われるであろう検査───逃れることのできない恥辱───にその身を震わせた。