檻の中へ
プルルル、プルルル・・・。
机の上にある小さな整理棚の上で、電話機が内線の通知を知らせている。中庭に面した窓に厚手のカーテンがかかっていることもあり、部屋はなんとなく薄暗い印象を与える。
「はい、柴田です」
カルテの整理をしていた手を止め、柴田は受話器を取った。
「後藤由紀さんが、紹介状を持っておいでです」
落ち着いた声で、受付の看護婦らしき女性が答える。土曜日の午前中ということもあり、いつも電話口から感じるざわざわとした雰囲気はない。
「わかりました。第2診察室まで来るように言ってください」
落ち着いた声で返事をする。
はい、という返事を残して電話が切れ、プーッ、プーッという発信音が残った。
柴田は受話器を置き、椅子に座ったままくるりと反対側を向いた。回転椅子がキッと軋んだような音を立てる。
少し間があってから、部屋に3つあるドアのうち受付に通じるドアが開き、紹介状を持った看護婦が現れた。看護婦は柴田に紹介状を渡すと、入ってきたドアから出て行った。
柴田は渡された封筒を見た。少し薄い茶色の封筒の表面に、紹介状、S大学付属第一中学校といった文字が見える。封を解いて中身を取り出すと、校内検診の結果と柴田宛の紹介状が入っていた。
柴田はゆっくりと深呼吸をして診察室を見渡した。人一人が寝られる程度の小さな診察台があり、そばには医療器具と思われる金属製の道具などを載せたワゴンが無機質に佇んでいる。
柴田は頭の後ろで手を組むと、椅子にもたれかかって目を閉じた。
(付属第一中学2年、後藤由紀・・・か)
柴田祐一は、S大学付属の大学病院に勤める内科医にして同大学医学部の教授だ。S大学は全国でも有数の名門で、付属校もいくつかある。柴田もS大学医学部を卒業し、この病院に入った。
柴田は校内検診で再検査の必要ありと診断された学生、特に女子学生の精密検査をすることが多かった。特に腕がいい医者というわけではなかったし、学生の再検査を引き受けたからといって出世するわけではない。あくまで柴田の個人的な事情───いや、個人的趣味によるものだった。
今回は検診の再検査ではなく、学校で数名ランダムにピックアップされた生徒の精密検査、測定と聞いている。柴田が毎年楽しみにしている恒例行事だった。
紹介状を持ってきたという少女、後藤由紀についても事前に連絡を受けている。付属第一中学2年の優等生で、「可愛らしい」という表現がぴったりの美少女であること。おとなしい性格の少女で、少々ハメを外しても大丈夫であること───
コンコン。
ドアをノックする音を聞いて柴田は顔を上げた。組んでいた手を解き、椅子に腰掛け直す。
「どうぞ」
ドアに向かって答える。
カチャリと遠慮気味にドアが開いて、付属中学の制服を着た少女が顔を出した。下ろした前髪の下に見える整った眉、ぱっちりとした目とそれほど高くないがスッと通った鼻筋、ピンク色の小さな唇。美少女という話は本当のようだ。まだ幼さを残す顔立ちに、おさげの髪がよく似合っている。
優等生というのも本当だろうか────
「あの・・・精密検査の・・・」
柴田の思考が打ち切られる。
「ああ、後藤由紀さんですね。話は聞いてますから、どうぞ入ってください」
「失礼します」
少し緊張しているのか、声が高い。制服姿に学校指定のスポーツバッグという姿で、由紀が診察室に入ってきた。
「こちらに掛けてください」
柴田はそばにある背もたれのない丸い回転椅子を手で指して言った。はい、と返事をして、由紀はバッグを膝の上で抱えるようにして椅子に座った。
由紀が座ったのを見てから、おもむろに柴田が口を開く。
「校医の先生から話を聞いていると思いますが、今日は色々な検査や測定を行います。少し数が多いので疲れるかもしれませんが、時間も限られていますので我慢してくださいね。どうしてもという場合は言って下さい」
「はい」
柴田の説明に神妙に返事をする。
「学校指定の体操服は持ってきていますか?」
「あ、はい」
付属第一中学では、迅速化や着脱の容易さから、校内検診時には学校指定の体操服を着用することになっていた。一般外来の検査等では検査着を渡すのだが、面倒なのと柴田の好みもあって、付属校の学生の場合は校内検診と同じく体操着を着用してもらっていた。今回紹介状をくれた校医の黒木とは付き合いが長いこともあり、ちゃんと由紀にも話は伝わっているようだ。
「それではまず、体操着に着替えてください」
はい、と返事をした後、一瞬立ち上がろうとしたが、由紀は少し困ったような表情を浮かべて小さな声で言った。
「あの・・・ここでですか・・・?」
それも面白いなと柴田は思ったが、口には出さなかった。
「そこに仕切りがありますから、その向こうで着替えてください」
あ、と仕切りの方を見て由紀は立ち上がると、ちょこちょこという感じの足取りで仕切りの向こうに消えた。
ジィー、とスポーツバッグのジッパーを開ける音がし、シュルシュルという衣擦れの音がする。
(スカーフをほどいたな・・・)
柴田は一瞬由紀の着替え姿を想像したが、思い直して検査項目に目を通す。
レントゲンなどの項目の他に、細かな部位の身体測定などの項目が並ぶ。だが、柴田は一から十までこの検査項目に従うつもりはなかった。精密検査といっても、具体的にどんな検査なのか由紀が知っているはずはない。それに検査内容については他言無用を言い渡されているはずだ。項目にない検査をやったところで、さして問題はない───
と、ふと思い出したように柴田が口を開いた。
「検査時に邪魔になりますので、ブラジャーは取ってください」
一瞬の沈黙の後、はいという返事が聞こえた。