精密検査の知らせ

コンコン。

保健室のドアをノックする音に気付いて、黒木は書類を読む手を止めた。

「はい」

返事をすると、おさげ髪のかわいらしい顔立ちの女生徒が、少し不安そうな表情で入ってきた。

「あの・・・先生から保健室に行くように聞いたんですけど・・・」

少し遠慮がちに女生徒が口を開く。

「あ、2年生の後藤さんね?そこに座って」

そう言うと黒木は傍にあった椅子を勧め、ゆっくりと不安を取り除くように話し始めた。

「あのね、後藤さんに大学病院で精密検査を受けてもらわなくちゃいけないの」

由紀が「えっ」という表情をする。

「あはは、心配しないで。この学校では校内検診の後、何人かの人が必ず病院で精密検査を受けることになってるのよ。ほら、入学してすぐに保護者のサインを貰ったプリント、覚えてない?」

そう言いながら、黒木は机の上にあった分厚いファイルを開いた。ほら、というようにページを開いて見せる。そこにファイルされているプリントには、由紀も見覚えがあった。確か代表者を選んで、などと書かれていた気がする。今の今まですっかり忘れていた。

「病気がみつかったわけじゃないのよ。これはね、校内検診とは別に生徒の詳しいデータを取ることが目的なの。毎年データを取って、そのデータを元に保健体育の授業を組んだり、給食の献立を考えたり、色々な事に活用されるわけ。だから診断結果は関係ないわ。心配する必要はないから安心してね」

はい、と由紀は少し安心したように返事をした。

「それでね、今回は後藤さんが選ばれたわけだけれど・・・もちろん他にも居るわ。でもプライバシーの問題とか、毎年の検査に支障を来たすといけないから、他の人には絶対にわからないようになっているの。もちろん、検査の結果も後藤さんのものだとはわからないようになっているし。心配ないわ」

由紀はなんとなく話を理解した。黒木の明るい口調もあって、正直それほど大したことではないと思われた。

「いつですか?」

とりあえず気になったことを訊いてみる。

「後藤さんは・・・え~と・・・来週の土曜になってるわね。大丈夫?」

机の上にあった手帳を由紀から見えないように開いて、黒木が言った。

「あ、はい。大丈夫です」

来週の土曜は、特に予定は無かった。

「さっき少し言ったけど、この検査のことは他の人に絶対話しちゃだめよ。検査内容はもちろん、いつ行ったかも全部ね。最近は色々と大変なの。大丈夫とは思うけど、うっかり喋ったりしないように気を付けてね」

由紀はこくりと頷く。クラスメートや友達に秘密で、学校のために休日を返上する。自分だけが特別な感じがして少しドキドキした。由紀は精密検査の内容について黒木に尋ねてみた。

「精密検査って何をするんですか?」

「う~ん、私もあまり詳しいことは知らないのよねぇ・・・。でも、レントゲンとか、細かい身体測定とかだと思うわ。校内検診は身長と体重くらいだけど、それをもっと細かくしたような感じかな。病気の治療ってわけじゃないから、そんなに大したことはしないと思うし・・・」

黒木が少し考えるような素振りで言った。由紀は不安もあったが、学校の代表と言えなくもない立場に、使命感のようなものも感じていた。

「じゃ、土曜日は大学病院に行ってね。柴田さんと仰る先生がいらっしゃるはずだから。受付の人にこの紹介状を渡せばわかると思うわ。それと校内検診の時もそうだったけど、体操着を忘れずに持っていくのよ」

そう言って黒木は由紀に茶色い封筒を渡した。由紀は封筒を受け取ってカバンにしまうと、ありがとうございましたと言って保健室を出て行った。

由紀が出て行ったのを確認すると、黒木は携帯電話を取り出してどこかに電話を掛け始める。黒木はしばらく話をしていたが、それが終わるとさっさと荷物をまとめて保健室を出て行った。

時を同じくして大学病院の一室。柴田は携帯電話での通話を終えると、ソファにもたれかかった。ソファの前には小さなテーブルがあり、漫画雑誌が無造作に置かれている。部屋の片隅にジュースの自動販売機があるところを見ると、どうやら休憩室か何かのようだ。

「例の検査の話?」

傍で雑誌に目を通していた30代半ばと思われる白衣を着た女が言った。

「来週の土曜日だ」

柴田の返事を聞いて、女は軽く眉を上げると、雑誌を閉じてテーブルの上に放る。バサッと音がして、元から置いてあった雑誌が落ちた。

「あなたが毎年楽しみにしている行事ねぇ」

「人のこと言えるのか?どうせ看護婦として参加するんだろう。高校の校医のくせに」

女はウフフという感じで笑う。

「あら、あなただって私が参加しないと困るんじゃないの?なんならちゃんと看護婦を呼んでもいいわよ」

「私が悪かったです。神様仏様須賀様」

柴田は両手を合わせてオーバーなリアクションを取る。女の名前はどうやら須賀というらしかった。そんな柴田を見て須賀が口を開こうとした時、ガチャリと入り口のドアが開いた。白衣を着た2人の男が談笑しながら入ってくる。

「そろそろ仕事に戻るか」

そう言って柴田が立ち上がる。柴田に合わせるかのように、須賀も部屋を出て行った。