経営破綻

「───Y証券の破綻を受け、日銀では午前に1兆円、午後にも1兆円を即日供給する公開市場操作を実施しました」

テレビからは、昨日と同じY証券破綻のニュースが流れている。正直、僕にとっては意味が全く解らない言葉だらけだった。けれど、Y証券という会社が父の勤め先であることは解っていた。

春休みに入ってすぐの夜、食事の後両親から話をされた。父の勤めている会社の状況が危ういこと、父が恐らく職を失うこと、それに伴う経済的な理由で転校してもらうことになるかもしれないこと───

父はテーブルに頭をくっつけるようにして謝っていた。それだけ僕に迷惑を掛けたという思いが強いのだろう。大学生の兄はそのまま大学生活を続けることもあって、僕だけが割を食ったという風に見ていたのかもしれない。

僕自身は、転校については何とも言えない気持ちだった。友達と離れ離れになるのはいやだったけど、どうせ春休みが明ければクラス替えがある。親しい友達とはこれからも連絡を取り続けるだろうし・・・。ただ少し惜しいのは、南さんと離れてしまうことだった。

南さんというのは、学年で知らない男は居ないであろう僕らのアイドルだった。お嬢様といった雰囲気で、端正な顔立ちとキメ細やかな白い肌、艶のある黒髪と細身の身体。真面目で頭も良くて、性格もいい。まさに非の打ち所の無い女の子だった。

もちろん、彼女とは別のクラスだし、話したこともない。通学の電車でたまに一緒になることはあったけど、僕から話し掛けたこともないし、もちろん彼女から話し掛けられたこともない。通学の電車で一緒になるなんて普通に考えればチャンスなんだけど、僕が彼女に話し掛けないのには理由があった。

「明日は学校に行って、先生方に挨拶するわね」

母親の声で思考が中断された。

明日学校に行って挨拶回りをする事は以前から言われていた。1年生の時の担任や、転校先について色々相談に乗ってくれた先生、その他にもお世話になった先生は居る。一言挨拶をしてから転校するのが礼儀というもの。それくらいは僕にもわかった。

「昼前には出るからね」

わかったよと返事をして、僕はテレビのリモコンを操作した。一瞬白い光が見え、プツッとパチッの中間くらいの音がした後、画面が暗くなる。散々聞き飽きたニュースだったけど、音が途切れると急にあたりが静まり返り、少し寂しい感じがした。

「ふぅ」

2階にある自分の部屋に入った僕は、ひとつ溜息をついた。

「学校かぁ・・・」

1年間通ったS大学付属第二中学ともこれでお別れだ。そう思うと、何だか名残惜しい気もしてきた。入学直後の学力テストから始まって、クラスマッチ、体育祭、遠足、音楽祭、文化祭・・・。転校先のT中学は、今年度から男女共学になるらしいけど、いきなり多数の女子が入ってくるとは考えにくい。各種イベントもイマイチ気分が乗らなそうだ。

僕は特に女子にモテるとか、格別運動神経が良いというわけでもない。けれど、一応成績は良かったから、T中学にも特待生という形で入ることができた。もちろん、そうじゃなきゃ今の状況であんなお金の掛かる学校に行けるはずもなかった。

公立の中学に転校するってことも考えたんだけど、両親も先生も私立志向が強くてすぐにその線は消えた。そんな時、T中学に口をきいてくれた先生がいて、特待生の話は両親としても渡りに船ってことでトントン拍子に話は進んだ。僕はそれほど真剣に考えてたわけじゃなかった。正直なところ、あまり遠くじゃなければどこでも構わないくらいの気持ちだった。

T中学は結構な田舎にあるらしいけど、回りに何も無いので逆に勉強に集中できるなんて先生が言ってたっけ。今年から男女共学になるけど、僕は男子なのであまり関係ないだろうとも言っていた。寮と学校も近いらしいので、電車で通学することも無くなるわけだ。

(もう満員電車に乗ることも無いのか・・・)

いわゆるベッドタウンと都心とを繋ぐ通学電車は、毎朝ラッシュに見舞われた。早起きすれば座って通学することもできたけど、そのためには朝5時には起きる必要があった。だから、毎朝我慢してラッシュに揉まれながらその電車に乗っていた。とはいえ、実は満員電車にも楽しみはある。脳裏に南さんの後姿が浮かんだ。

「なおきー、ご飯よー」

階段の方から母親の声がした。ズボンを降ろしかけていた僕は、手を止めて不機嫌な返事をする。階段をゆっくりと下りながら、盛り上がった気持ちと息子を鎮めた。