面接1
鈴原真理は指定された時間の15分前に本社ビルの前に着いた。残暑も厳しい9月の終わりである。午後2時という時間も手伝って、辺りはうだるような暑さだ。今日は某大手下着メーカーの役員面接である。真理はそのために、暑い中九州は福岡から東京の品川までやって来たのだ。
(ここに受からないと、後がない・・・)
目のくらむような高さのビルを見上げながら、真理は自分に気合を入れた。
来年短大を卒業する真理にとって、今年は勝負の年だ。短大卒で第2新卒なんて、考えただけでもぞっとする。この就職氷河期と言われる時代に新卒での採用を逃すということは、真理にとって恐怖以外の何者でもなかった。
これまで20社以上の採用試験を受けたが、面接まで辿り着いたのは今回を含めて2社だけ。役員面接となると今回が初めてだ。年が明けてからこれまで、友達がどんどん就職先を決めていく中、真理だけが取り残され、暦はいつの間にか10月になろうとしていた。
例年にない厳しい残暑が続き、9月も終わろうというこの時期になっても秋の気配は全く感じられなかった。ヒールの低い黒のパンプスの中は、ストッキングに覆われた足が汗で蒸れている。黒のリクルートスーツで固められた外見からはわからないが、白いブラウスの背中は汗で張り付き、上下の下着も汗で湿っている。
真理はバッグからコンパクトを取り出して、今一度メイクと襟元を確認する。大きく深呼吸をすると、後ろで纏めた髪の毛を留め直してから、重いガラスの扉を開いた。
エレベータの傍に張ってある案内に従って15階に上がると、第30期採用面接待合室と書かれた張り紙が目に入った。ゆっくりとドアを開け、覗き込むように中を確認する。真理の予想に反して、中には誰も居なかった。部屋にはパイプ椅子と長机が綺麗に並べられていた。真理は遠慮でもするように、隅っこの席にちょこんと腰掛けた。
背もたれに身体を預けたが、汗に濡れたブラウスの冷たい感触で、跳ね起きるように背筋を伸ばした。気を取り直してバッグから履歴書のコピーを取り出す。自分自身が書いた内容を復習しようと履歴書に目をやると、左上に張った4cm×3cmの証明写真が目に入った。
コピー機を通した証明写真が昔の白黒写真のように見える。慣れないリクルートスーツを着て撮った初めての写真だ。カラーの写真を思い出して真理は溜息をついた。肌の色が白いからなのか、唇の色が薄いからなのか、写真で見るとどうしても自分の顔が幸薄そうに見えてしまう。高校の頃はこれに眼鏡を掛けていたから、ガリ勉なんて呼ばれたこともあった。
(もっと写真写りが良かったらいいのに・・・)
実際のところ、真理はかなり美形だった。本人は高校時代や写真写りのこともあってあまり意識していないが、世の男性に問えば10人中8人は美人だと答えるだろう。今回もお金をケチらずに、写真屋で撮ってもらえばもっといい写真が撮れたに違いなかった。
「鈴原さん、どうぞ」
他の学生はいないのだろうかと考えていたら、女性社員が呼びに来た。
「こちらになります」
女性社員は真理を茶色い木製の扉の前まで案内すると、うやうやしく一礼してから去って行った。
真理は深呼吸をひとつしてからドアをノックした。「どうぞ」という声が聞こえたことを確認してから中に入る。
「S短期大学2年の鈴原真理と申します。よろしくお願い致します」
言ってから正面に視線を移すと、2人の役員が並んで座っていた。左側に居る白髪の方に「どうぞおかけください」と言われ、真理は正面に置かれたパイプ椅子に腰掛けた。
「外は暑かったでしょう」
「はい、とても9月の終わりとは思えない暑さでした」
「それはご苦労様でした。今日は面接といっても最後の確認みたいなものですから、楽にしていただいて結構ですよ」
楽にと言われて楽にできるはずもない。ポカをやらかさないように注意しながら、真理は役員との世間話を無難にこなした。大学生活の事、幼少の頃から続けてきたクラシックバレエの事、履歴書に沿って話は進んでいく。そして話は次第に希望職種に関するものに移っていった。真理は下着のデザインや開発に関する職に就きたいと考えた理由を懸命にアピールする。役員はにこやかな表情で応じながら、開発部門の仕事はデザインだけでなく素材の研究や、時には開発サンプルのモデル等の仕事もあると告げた。
「今申し上げたような理由で、開発部門をご希望の場合は少し基準が厳しくなります」
一瞬、真理の表情が曇る。
「ご希望に添えない場合は、他の部門で採用させていただくことになります」
役員の言葉で真理の表情はパッと明るくなった。開発職で入社したいのは山々だが、就職浪人はゴメンだ。滑り止めとも言える採用方針はありがたかった。
「クラシックバレエをやっているということですが、身体は柔らかいですか?」
「あ、はい」
話の展開から、もう終わりかと思っていたところに質問されて、真理は慌てて返事をした。
「例えば脚が180度に開くとか、立位体前屈がずっと下まで届いたり?」
「はい。クラシックバレエでは身体の柔軟性は基本ですので。高校のスポーツテストの時は、友人が皆びっくりしてました」
「ははは、そうですか。それじゃ、あと少し質問させてください」
真理は今度こそあと少しで終わると思いながら、「はい」と返事をした。
「失礼ですが、今当社の下着を着用しておられますか?」
「はい」
真理は間髪を入れずに返事をした。就職希望先の製品を使うのは基本中の基本だと教わった。
「身長とスリーサイズを教えて下さい」
「・・・身長は158cm、スリーサイズは・・・上から86、56、85です」
身に着けている下着に加え、今度はスリーサイズである。さすがに何を訊いているのかと、訝しげな視線を役員達に送ってしまう。
「いや失礼。新製品のサンプルを作って試着してもらい、写真を他のメーカーさんや顧客の皆様に公開することがあります。もちろん顔は公開しませんけれども。そういう時、やはりスタイルが良いに越したことはないんですよ」
「・・・はい」
「同じように、傷跡や目立つシミ等はありませんか?」
「ありません」
「わかりました」
真理は少しムッとしたが、それもすぐに面接が終わったという安堵感にかき消された。だが、役員の発した言葉に真理は耳を疑った。
「それでは、念のため本当に当社の下着を着けているか確認させていただきます」