抵抗

「よーし、少し休憩したら、続きを始めようか」

由香里の前後の割れ目とその奥に隠された部分を満足するまでいたぶった工藤が立ち上がった。由香里の股間を蒸しタオルで拭いていた河合も、その声を聞いて立ち上がった。

恥ずかしい部分を男たちの眼前に曝し、剃毛され、敏感な器官を嬲られ、15分以上にもわたって男たちの玩具にされた由香里は、もはや立っているのもやっとという感じで、必死で衣装掛けに掴まっていた。床に着いている脚はぶるぶると震え、じっとりと噴き出した汗で髪の毛が張り付いている。やっとのことで机から脚を下ろすと、その場に力なく座り込んでしまう。

ナンデ・・・?ナンデワタシガコンナ・・・

疲れきった身体と真っ白になった頭で、由香里は何故自分がこんな目に遭わなければならないのか他人事のように考えていた。時間が経ち、真っ白になった頭が徐々にハッキリしてくるにつれ、その思いは強くなっていく。

(いくらなんでも・・・おかしい・・・)

工藤たちは、先ほどの休憩と同じように思い思いの場所で座ったり話をしたりしている。その様子をボーっと眺めていた由香里は、自分がほぼ全裸に近い状態でステージに座り込んでいることに気付き、慌ててついたての陰に隠れた。ほぼ全裸という状態の由香里に羽織る物を渡してくれる者も、優しい言葉を掛けてくれる者もここには居ない。この後も撮影がある以上、着替えられない由香里は、座ることもできずついたての陰に立っているしかなかった。

「じゃあ次はこれに着替えて」

工藤に新しい紙袋を渡された由香里は、ちらりと工藤の顔に視線を向けてから、しぶしぶそれを受け取った。

ついたてに手を置いてカタカタと揺らす。ついたてが倒れないことを確認してから、紙袋の中身を確認する。

(・・・?)

渡された紙袋の中には、破れたビニール袋らしきものしか入っていなかった。衣装を開封した後のゴミだろうか。由香里は、工藤が袋を渡し間違えたのだと思った。

「すみません、衣装が入ってない・・・みたいなんですけど」

「えぇ?入ってるよ。何言ってんの」

「え・・・でも・・・」

「ふぅ・・・さっきから何なの?」

工藤は、苛立ちを隠そうともせず、ドスドスと足音を立ててついたての傍にやって来た。思わずビクリとして由香里が胸を隠す。半ば奪い取るように由香里の手から紙袋を受け取った工藤が、中身を確認する。

「何だよ、入ってんじゃん・・・ったく」

ほら、というように工藤が紙袋の中身を投げてよこした。慌ててそれを受け取った由香里は、その手触りがビニール袋とは違うことに気が付いた。

(もしかして・・・)

ビニール袋の切れ端のようなそれを手に持って広げてみる。由香里の口から思わず声が漏れた。

(これって・・・サポーター・・・?)

由香里が手に持って広げたそれは、透明ではあったが、確かに先ほどの「ヒモパン」と同じ形をしていた。焦るようにもう1つを広げてみると、確かにそれもブラジャーのような形をしている。

(と、透明って・・・これじゃ・・・)

「ほら、早く着替えて」

工藤の声がした。由香里は、工藤の方を見なかった。手の中にある透明な物体をまじまじと見詰める。透明なサポーターなど今まで見た事も聞いた事もなかった。ただ、これを身に着けて撮影をするということは、自身の身体の全てを撮影されることと何ら変わらないということは理解できた。

「こんな・・・こんなサポーターおかしいです!」

「ん?」

由香里は、ふつふつと沸いてきた怒りを押さえることができなかった。今まで自身の遅刻という負い目に押さえられてきたものが、2つの透明な物体によって一気に噴き出しつつあった。工藤の声も、男たちの怪訝な表情も無視し、一気にまくし立てる。

「さっきだって、あんな・・・あんなに剃らなくてもいいはずです!あんなに長い時間、それも全部の・・・!」

「今日の入り時間だって、私は確かに11時って聞きました!撮影内容もスポーツウェアだって、確かにそう聞きました!」

「こんなサポーター、おかしいと思わないんですか?透明なんて・・・こんなの誰も使いません!」

ひとしきり怒りを吐き出した後、由香里は大きく肩を上下させて工藤を睨んだ。だが、当の工藤はというと、由香里の非難を気にする風でもなく、落ち着き払った様子で眼鏡を拭いている。

「・・・気は済んだかい?」

由香里の方を見るでもなく、眼鏡を拭きながら工藤が言った。その低くドスの効いた声と余りの落ち着きぶりに、由香里は先ほどまでの勢いとは裏腹に、息を飲んで立ちすくんでしまう。

「契約書は読んだ?・・・たまに居るんだよ、キミみたいな子が。そういう子に限って、契約書をよく読んでなかったりするんだよね」

契約書という言葉を聞いて、由香里の表情が曇った。

「S大学がテスト期間中っていうから、キミの都合に合わせて面接じゃなくて郵送にしてあげたんだけど。まさか読んでないわけじゃないよね?」

「よ、読みました」

由香里は、契約書を確かに読んだ記憶があった。だが、読んだといっても斜め読みで、とても内容をちゃんと確認したとは言えなかった。テスト期間中ということで忙しく、押印して返信するまでの期間もあまりなかったからだ。それに、由香里が受け取った契約書は、活字でびっしり埋まったA4の紙が20枚以上もあり、とても隅々まで読む気になれるものではなかった。

「ふ~ん・・・読んだなら、そんなことは言えないはずなんだけどねぇ」

工藤はそう言うと、由香里に背を向けて入り口近くに置いてあった荷物のところに歩いて行った。

契約書に一体どんなことが書かれていたのだろう。契約書らしき紙の束を持って戻って来る工藤を見て、由香里は大きな不安に襲われた。工藤はそのまま由香里の方に歩いてくる。ついたてを挟んで由香里と向かい合わせで立つと、工藤がパラパラと手に持った紙の束をめくり始めた。

「撮影内容・・・新体操及びヨガなどに広く用いられるスポーツウェア(アンダーウェアを含む)を着用のうえ、必要に応じて各競技に特徴的な姿勢をとり撮影を行うこととする」

工藤はおもむろにそう言って、今読み上げた内容が書かれているページを由香里に見せた。由香里は、そのページを食い入るように見詰めた。確かに工藤がたった今読み上げた内容が、そこには書かれていた。

「新開発の商品、開発中の商品、及びそれに類する技術を含むため、甲及び乙共に撮影内容についての守秘義務を負うものとする」

甲が撮影者、乙が被写体となるモデル、つまり私だと思いながら、由香里はそのページを見詰めていた。工藤は、契約書の内容を目の前に示されて静かになった由香里に、満足げな表情を浮かべる。

「乙の言動が著しく撮影に障害を来たす場合、甲は乙又は乙の責任者に損害賠償を請求することができるものとする」

「乙の容姿及び身体的特徴によって、商品のイメージが損なわれる可能性があると甲が判断した場合、甲は乙に対して可能な範囲で矯正を命じることができるものとする」

「撮影に使用するウェアは指定されたものを用いることとし、甲及び乙は原則異議を申し立てることはできないこととする。なお、着用するウェアのサンプルについては、事前に写真又は口頭で甲及び乙に連絡することとする」

そこまで読み上げてから、工藤はカラー印刷の紙を一枚取り出した。それは由香里にも見覚えのあるものだった。ハガキ大の大きさの写真が印刷されており、レオタードやサポーターなどが所狭しと並べられているのが見える。由香里は、写真を少し見ただけで、てっきりそこに載っているレオタードを着用して撮影を行うのだと想像してしまった。サポーターについても、あくまでレオタードの下に着けるものであって、まさかそれだけを身に着けた状態で撮影するなど夢にも思っていなかったのだ。

工藤が、カラー印刷の紙を由香里の目の前に差し出した。ごちゃごちゃという感じで並べられたウェアの右奥、写真で言うと右隅近くには、透明なビニール袋のようなもの───恐らくは、ほんのさっき工藤から渡されたものと同じサポーター───も写っていた。

「さっきのキミの話もそうだけど、遅刻も、着替えが遅いのも、ヘアの処理が出来ていないのも、全部、そう全部損害賠償請求したっていいんだよ?それをわざわざ付き合ってあげてんだから、むしろ感謝して欲しいくらいなんだけどねぇ」

「さっきのサポーター、そこに載ってるでしょ?それ穿くんなら、ヘアは十分に剃っておかなきゃまずいワケ。それから、そのサポーターを使うか使わないかは僕らが決めることじゃないから、黙って撮影するしかないのよ」

工藤の声を遠くに聞きながら、由香里は自分に勝ち目がないことを悟った。

「まあ、気持ちはわかんなくはないけど、こっちも仕事なんでね。契約書にハンコ押した以上は、ちゃんとこっちの指示に従ってもらうよ───」