同窓会
「でも、あんたと会うのも久しぶりだねぇ」
「最後に会ったのは前の同窓会か。もう何年だ?」
「わかんない。10年くらい?もっとか」
この歳になって中学の同窓会をやるというのも珍しい。小さな村だったし、みんな幼馴染みと言えなくもない間柄だったから、同窓会というのは名前だけなのかもしれない。義理で来ている者などいないだろう。とはいえ、この歳になれば、もはや昔の義理などあまり気にはならないのだが。
「そういや、あんた結局医者になったんだよね。中学ん時は、あんなに嫌がってたのにさ」
テーブルを挟んで90度の位置にいる女が職業についての話を始める。もうお互いにオジサン、オバサンと呼ばれる歳になったが、幼い頃からの腐れ縁で今も交流が続いている。テーブルには他の人間も居たが、それぞれが相手を見つけて昔話に花を咲かせているようだった。
「まあな。色々あってな」
なぜ医者になったのか?その動機を話すわけにはいかない。中学時代の経験がもとで、とある趣味に目覚めたなどということは───
「色々って何よ。おねーさんに話してみなさいよ~」
何がお姉さんだか。どうやら酒が回っているらしい。ま、酔っ払っているとわかれば、適当に相手をしてやれば問題無い。
「なによ。あたしには話せないっていうの?」
顔と顔がくっつくくらいまで接近してきた。40のオバサンにアタックされても萎えるだけだ。それより酒臭いのを何とかしろ。
「お前があの石田さんくらい綺麗だったら、喜んで話してやるんだが」
医者になったきっかけを思い浮かべた流れで、ついその名前を口にしてしまう。
「ハァ?イシダサン?」
女が怪訝な表情を見せる。と、何かを思い出したかのように、眉をあげてウンウンと頷いた。
「石田さんって、石田恵梨奈ちゃんでしょ?あの体験入学に来てた。可愛かったわよね~」
こちらの肯定の返事も待たずに勝手に話を続ける。やっぱり、当時の女子も彼女のことを可愛いと思っていたんだなと妙に納得してしまう。だが、話は思わぬ方向へ進んだ。
「そうそう、そうなのよ、この間偶然、ホント偶然なんだけど、石田さんに会っちゃってさ~」
「本当かよ。酔っ払いの戯言じゃないだろうね」
「ばっか、こんな嘘ついてどうすんのよ」
何でも、先日旅行に行った時に、偶然街で彼女と会ったというのだ。本当かよと思いながら、いつの間にか僕はその話を熱心に聞き始めていた。
当時、クラスの男子は誰も彼女と噂になるようなことは無く終わってしまった。けれど、一部の女子は、彼女が東京に帰ってからも連絡を取っていたらしいのだ。携帯電話なんてない時代だし、何より東京とじゃ電話代が掛かりすぎるってんで、もっぱら手紙のやり取りが主だったらしい。いわゆる文通というやつなのか。
で、その酔っ払いが言うには、彼女も今は娘が居るが、旦那と死別して色々と大変らしい。そんな話を聞かされると、それ以上詳しく教えてくれとは言い辛い。
「そうか・・・それは大変だろうな」
何を言えばいいかわからず、適当にお茶を濁す。少しの沈黙の後、酔っ払いが話題を変えた。
「それにしても、あの時の男子ったら凄かったわよね~」
「そうそう。見ててこっちが恥ずかしかったわ」
隣の女も参戦してきた。心の中で僕は何もしていないと反論する。
「あ、でもね、あんたが渡したシャープペン、ずっと使ってたらしいわよ」
「ヒューヒュー、色男は辛いね」
そんなガキみたいな煽りを入れる歳でもないだろうと心の中で馬鹿にしながら、今の今まで忘れていたシャープペンの話を思い出した。
たしか、彼女が村へやって来た次の日によろず屋の親父に冷やかされながら買ったんだっけ。話したことすらない彼女のために。よろず屋といっても、隣町から週3回車でやって来る移動式のもので、村に店舗があるわけじゃあない。何となく覗いた中に、ピンク色に可愛いキャラクターの絵がプリントされたそのシャープペンがあったのだ。
彼女が東京へ戻る日、クラスでお別れ会なるものをやった。その時に渡した。プレゼントを渡したり、色紙を書いたりと皆色々やっていたから、特に僕だけがということでは無かったのだが。
今思うと、中学3年生のプレゼントにしては少し幼い感じもするが、それをずっと使ってくれていたというのは素直に嬉しかったし、照れくさくもあった。
「ちょっと~、何にやけてんの~」
「にやけてねーよ」
そう言ってから、誤魔化すようにグラスの中身を飲み干した。
「でさ、その娘さんがまた可愛くってさ~。ホント、お母さんの若い頃そっくり」
「そうそう、写真見せてもらったけど、ホントそっくり」
オバサンの井戸端会議というのは、こうして際限なく続いていくわけだ。
「でも、娘さんは全寮制の学校に通ってるから、一緒には暮らしてないんですって」
「なんて言ったっけ、何とかっていう一貫校の中等部・・・今2年生ですって?」
「あの時の私たちともうすぐ同い年よ。歳を感じちゃうわね~」
「あ、そう、あんたに会ったら訊こうと思ってたのよ」
話の矛先をこちらに向けてきた。酔っ払いに付き合わされるのは御免被りたいのだが・・・。
───ってさ、あんたが居る大学じゃないの?
よく聞こえない。そろそろこっちも酔いがまわってきたか。
ねぇ、聞いてる?
ねぇ、柴田ってば
柴田、シバタ───
───んせい、先生!
もうすぐ後藤さんが来る時間ですよ
ゴトウ?ああ、結婚して石田から後藤に姓が変わったんだっけ───
「柴田先生」
思わず椅子から転げ落ちそうになった。
「お、おお、須賀クンか。どうした」
「どうしたじゃないでしょ。もうすぐ検査の時間ですよ」
浅い眠りから覚めた柴田は、軽く頭を振って目を瞬いた。どうやら夢を見ていたらしい。久しぶりに懐かしい顔を見て、少しセンチな気分にでもなってしまったのだろうか。一瞬浮かんだその考えを即座に否定する。
「夢でも見てたんですか?寝言言ってたみたいですけど」
「何だ、人の寝言を聞いてたのか?悪趣味だな」
「聞こえただけです。イシダサン、イシダサンって」
柴田はふっと鼻で笑った。夢の内容は思い出せなかったが、机の上に置いてある書類の山を見てカルテ整理の途中だったことは思い出した。
「夢を見ていた気はするんだが、どんな夢だったかまでは覚えてないよ」
「とにかく、もう少ししたら時間です。私は隣の部屋に居ますから」
適当に返事をして再びカルテの整理を始める。
パタン
柴田に気を遣ったのか、ドアを閉める音は幾分静かだった。
終